MUSIC WORLD BY MASANORI KATOH
 
奇人の作り方
 
 
 
 
 
 
 
 


 

6:オペラ「白虎」後記

 そもそも僕は歌が嫌いだったし、声楽にも、オペラにも、何の興味もなかった。あれだけマーラーが好きでハマっていたにも関わらず、声は単に効果的な楽器の一つとしか思っていなかった。
 それが大学院で宮本益光という同級生を紹介され、声楽のための新作を書く機会を得た。彼は知っているが僕はこれにたまらなく興味がなかった。
 でも変なプライドも持っていたから恥ずかしい歌曲は書きたくないし、新作展で並ぶ作品達のなかで目立ちたいという野心もあった。
 だからいろいろ作品を聴いて、オペラも見なければと図書館にもせっせこ通って見まくった。
 ある日、プッチーニの「トゥーランドット」を見た。非常に劇的に演出された音楽に、最初「あ〜いかにもか!?」なんて思っていたくせに、リューのアリアの後、僕は涙を流していた。
 こうして生まれた最初の2曲の歌曲は、純朴な感動と腹黒い野心の混ぜこぜだったが、結果的に宮本氏との共同作業が始まることになった。この出会いが原点だった。

 さて、今回のオペラにはざっと200人を超える人々が携わっていた。
 キャストの他に、合唱団も団体だけで3つ。一般公募の方々にエキストラ。
 オーケストラも通常の2管のフルオケだし、スタッフも大勢だった。
 自分の作品にこれだけ多くの人が関わってくると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。長い期間、長い時間を僕の作品ひとつだけの為に費やさなければならない。ベートーヴェンやブラームス、モーツァルトやチャイコフスキーの様に過去の偉大な作曲家の芸術に携わる音楽的欲求と快感を満たすだけの価値が自分の作品にあるのか?と常に問いたくなるし、それがないとしたらとても申し訳ないからだ。

 1週間の滞在中に、オーケストラのメンバーも含め、それぞれの人たちが白虎を知りたいと空き時間に取材に出掛けていた。意味が読み取りにくいところはどんどん質問に来ていたし、音色やバランスなど演奏法について個々に話し合っている場面も見聞きしていた。
 やる度ごとに演奏は変わって、僕の白黒のスコアに色がどんどんついていく。終いには、悲しみのカラフルに満ちた、眩しいスコアに変化していた。
 毎晩呑んだくれて、昼間のリハには二日酔いでやってくる。それでずっと練習につきあうこんな暇な作曲家は迷惑だろうなとは思っていたけれど、このカラフルに変化していく過程を見逃すことはとてもできなかった。

 合唱だって要求を出せば、皆真剣に聞いてそれぞれが本気で練習しなおしていたし、そこに関わるスタッフもすぐにその意図と方法を熟考していた。演出や舞台には全くのド素人の僕だけれど、作曲者として尊重していただき、耳を傾けてくれたり、率直な意見を投げてくれた事も嬉しかった。

 オペラ「白虎」の完成品は、僕の楽譜上での想像をはるかに越える芸術作品になっていた。それは携わる一人一人の経験と意欲と心の結晶であるからだということを知ったし、作品は音になって初めて生命を宿すことも改めて知った。

 僕の作品の価値は今でも良くわからないし、ただ一生懸命に、こだわって、書くことしか僕にはできないのだけれど、たくさんの素晴らしき人々と舞台を作っていく一員に作曲として携われた事は、音楽家としての大きな経験と自信になった。

 僕は本当に出会いに恵まれているんだなぁ。
 皆様、本当にありがとうございます。
 呑んだくれだけれど、今後ともよろしくお願いします。

  では次回も飲み会で。(笑)