MUSIC WORLD BY MASANORI KATOH
 
奇人の作り方
 
 
 
 
 
 
 
 


 

4:鑑賞のポイント

1:オペラの時間軸
時間軸の扱いに特徴があります。
1幕の最初は昭和の初め、白虎の唯一の生き残り飯沼貞雄の登場から始まります。
彼は生き残った事へ自問自答を繰り返しながら、複雑な想いを抱いて生きてきました。
その貞雄が白虎への奉納の舞を見ながら、あの時へと記憶を戻して行きます。
続く1幕2場は、過去へタイムスリップし、まさに薩長が会津に攻め入ってきた幕末に戻るのです。
その後は時間の流れに沿って展開していき、オペラの最後では戦直後の貞吉とオペラ冒頭の老年の貞雄とが同じ場所に時を越えて立ちます。
老年の貞雄、白虎の若き青年の貞雄(=貞吉)が同じ舞台上にいることで、過去との和解、複雑ながらも生きようと決意した貞吉の想いとその意味の深さを、より実感できるのではないかと思います。

2:合唱の役割
1作目の「ヤマタノオロチ」もそうでしたが、今回もいわばストリーテーラー(語り部)として合唱がとても重要の位置を占めます。
このオペラでは混声合唱の他に、白虎隊の役になる男声合唱、そして日新館の若き武士の子供達を象徴する児童合唱も加わります。これらはとても重要であり、会津の歴史の中では象徴的な存在でもあります。
会津の教えとして有名な「什の掟」。歌は存在しませんが、今も語り継がれる、また武士道の理想の様な、凛とした若き子供達の姿をイメージできるような節をつけてみました。この節は、実際に日新館の記念館に行った時にふと思い浮かんだものです。今でも時々まるで作曲家の様なところが僕にはあります。(笑)

3:戦の描写
薩長が会津に攻め入る緊迫感はこのオペラではとても重要です。そのため戦のシーンを、俯瞰するのではなく、客席もその臨場感を味わえるような演出をスコア(楽譜)上に考えました。早鐘を象徴する鐘が複数使われ、特に1幕でたくさん鳴り響くのもそうした効果の一つです。
会場でどう鳴り響くか、書き手として楽しみにしているところでもあります。
他にチャンチキや神楽鈴など、日本の打楽器も多く使用します。
特に神楽鈴はオペラの全体を通して使用し、象徴的です。
その静かで厳かな響きは、死を、鎮魂を、魂を、我々日本人の感性にはより深い表現として響くのではないかと思っています。

4:千重子の存在
死して貫く会津の誇り。敵に捉えられるくらいなら命を絶つべし。
大和魂とつながっているようなこの精神性は、時に日本人の美学として語られますが、大きな悲劇を生んできたことも周知の事です。
千重子の夫、西郷頼母は命の尊さを他の誰よりも重んじていた人であると同時に、時流を読む力に長け、物事を俯瞰してみることのできた非常に優れた才を持つ人物でした。会津人や老中を含め、そのほとんどが戦を肯定し、攻め入る薩長に対して死して会津を守れ、会津が滅びるならば死ぬべきだと声高に叫んでいた風潮の中で、それは違うと異論を唱え続けた頼母を、貞吉は恥じ、対立しています(実は最も尊敬しているのですが)。一方その妻千重子は、そんな夫を尊敬し、十分に理解しています。しかし夫のその微妙な立場を支える為だったり、死に行く息子を立派に送り出した妹の想いを汲み取り、千重子自身はその会津精神を疑問視することなく、体現することに努めます。貞吉が出陣の挨拶にきた際に、一瞬の戸惑いを見せつつも会津人としての誇りを説くのはそのためです。千重子はその精神を敢えて口にすることで自分を納得させようともしているのです。
そんな千重子が2幕2場において自らの手で子供を殺し、自刃する場面は非常な悲しさと辛さを感じます。
どうして殺さねば、死ななくてはならなかったか、考える場面でもあります。
オペラの最後で死に損なった貞吉に対して、亡霊の千重子が登場し、生き抜くことを逆に説く場面は、前述の故であり、感動を誘うのです。
自分が貫くことができなかった生の尊さへの想いを、貞吉を通して伝えることがより訴える力を増大させています。

5:2作目のオペラとして
作曲には経験が大きく作用してきます。
1作目のオペラ「ヤマタノオロチ」でたくさんの事を学びました。
このオペラの制作の際にも、台本会議や何回かの試奏会で問題点を指摘しあい、作品に対しての共有感を持てたと同時に、僕一人の経験値では足りない、得られなかった、貴重な視点や感覚を多分に作品に取り込むことができました。結果、1作目ではまず望めないであろう、作品のある程度のクオリティーの高さを実現できました。この環境は作曲者には理想的ですし、とても高い経験値を最初から持つことができます。それが結果にも結びつき、再演もされました。
2作目はそんな1作目の豊富な経験の上に立って、取り組んだ作品です。
演出家、指揮者、プロデューサーが台本会議からの全てに参加し、僕と台本の宮本氏の間では何度もスコアの修正を行いました。それぞれのプロフェッショナルの知識の結晶がスコアになったとも言えるでしょう。
きっと再演につながるという期待とちょっとした自信も持っていますが、それも初演の成功があってのことです。また初演には独特の緊迫感と情熱の様なものが漲ります。
初演に対して僕がぜひとも!と訴えたくなる理由はそこにあります。
そんな情熱の燃焼をぜひ味わって下さい。

オペラ「白虎」  全2幕(7場)
台本:宮本益光  作曲:加藤昌則

登場人物

飯沼貞雄  78歳
飯沼貞吉  16歳 のちの飯沼貞雄
西郷頼母  40歳
西郷千恵子 34歳
:Bass Bariton
:Tenor 
:Bariton
:Soprano

児童合唱(または少年合唱)
混声合唱
女声合唱
男声合唱

オーケストラ

フルート3
オーボエ2
クラリネット2
ファゴット2 

ホルン4
トランペット2
トロンボーン3
チューバ 
  

ティンパニ
パーカッション(奏者3名)
Snare drum, Long drum(響き線付), Bass Drum,
Cymbals, Suspended cymbal, Tam-tam(Large), Gong(Large),
Guillo, Glockenspiel, slap stick, Hammer
鐘3(半鐘:音高の違うもの), チャンチキ, 神楽鈴, 拍子木

ハープ

弦5部