MUSIC WORLD BY MASANORI KATOH
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 僕が好きな作品、いつまでも魅惑され続ける作品には、何度聴いても新たな発見があるという共通点があります。
 自分が成長したり、感覚が変わって、同じ作品を聴いた時にその違いに新鮮さを覚えるということももちろん多いですが、作品の中に一度聴いただけではわからない奥行きみたいなものに気付くことも多いのです。
 作品の初演の前に、それ以上の情報を知らせるというのを僕はあまり好まなかったのですが、このところのレクチャーなどで、ちょっとした作品の裏情報的なインフォが、より作品や音楽全般への好奇心につながっていることに気付かされました。
 現代作品の場合、再演というのが必ずしもそうしばしばあることではありません。初演の印象というのを大事にしつつも、事前にこれを知っていたらより心に響くかな、的なことをプレガイダンスとして書いておこうと思います。

前回の前半6曲に引き続き、間奏曲、後半6曲を追加しました。
右側の画像は各曲の冒頭部分の楽譜です。PDFでご覧いただけます。

連作歌曲「二本の木」(前半)
この作品は、ソプラノ(千緒さん=妻)、バリトン(爽さん=夫)、クラリネット(=様々な象徴)、ピアノの4人で演奏されます。

1:ツワブキの声 ツワブキの声
冒頭にクラリネットが「生きよ」の声。
癌に侵された千緒さん(妻)が、ツワブキの強烈な黄色に「生きよ」と言われている気がすると詠む歌。
冒頭のクラリネットの「生きよ」最後に再び呼びかける。
 
2:ケータイメール ケータイメール
唯一、夫婦が実際にしたメールでの会話がテキスト。 病室で寝る千緒さんが、自分の目に代わって夫(爽さん)に生田緑地行ってそのルポを依頼。生田緑地は夫婦が一緒に散歩していた。
興奮気味(癌を受け入れ死を覚悟の上で前向きになっている為)の妻と、冷静、もしくは動揺気味の夫とのコントラストを心がけた。 音楽好きでありクリスチャンの奥さんには、いくつかの常に口ずさんでいた歌があった。最後にアメージンググレイスが出てくるのはその歌の一つ。 会話の中で次第に妻の病を受け入れて行く爽さんも描こうと思った。 それがアメージングの響きの中で慰めとともに落ち着いていくように。
 
3;冬立ちの頃 冬立ちの頃
前向きな千緒さんも不安や恐怖や動揺や葛藤がなった訳では当然なく、そうした心情を描いているのがこの曲。
揺れ動く、そして何も解決しない状況のなかで、それでも、無理矢理でも、前向きにという心苦しい心理の過程を描いた。そして再びクラリネットの「生きよ」の声に突き動かされる。
 
4:誕生日 誕生日
実際に夫婦が会話したものを日記に記したものであり、その会話の再現の様な二重唱となっている。が、僕自身は妻が病室で、夫が自宅で、それぞれが後で日記に記したように、そこは実は別々の空間である。といった少し孤独な感じというのを音楽の中には意識していた。最後にハッピーバースデイが歌われるが、歌詞はかみあっていない。それはそうした意図もある。
 
5:パートナー不調 パートナー不調
妻を支える夫にも限界がくる。想像でしかないが、この限界は相当に苦しくてどうしようもないものだと思った。ここでクラリネットに重音奏法という特殊奏法を要求しているが、この尋常でない不協和音はそうしたところの反映である。
 
6:オリーブ幻想 オリーブ幻想
全体のテーマ的な曲。
前曲との関連性を考えてしまうとその対照的な音楽に戸惑ってしまうかもしれないが、この神様のお話が夫婦二人の死後の物語となり、それが生前の夫婦の様々な葛藤を支えることになる。
恐怖や不安など単純ではない様々な心の声は、膨大な日記の中に残されているが、そうした心の叫びや死の恐怖から夫婦が残された時間を前向きに生きることを決意できたのは、この物語を信じたからだ。
 
間奏曲(Intermezzo) 間奏曲(Intermezzo)

6曲と7曲目の間には時間的推移があることも鑑みて、間奏曲の挿入を考えた。

当初は連作の内容と直接関係のない音楽や、時間的推移を描写する音楽などを考えたが、最終曲で触れられる若き二人が出会った場所、北海道、北見。その出会いや情景を描写する音楽として間奏曲を書く事にした。最終曲とリンクするモティーフなども見られる。クラリネットとピアノによる音楽。

 
7:青ざめたオリーブ(転移) 青ざめたオリーブ(転移)
千緒さんの臨終の際、夫が唱える聖書の言葉を千緒自身が歌う(千緒さんはクリスチャン)。
千緒さんの癌が転移し、夫婦は死と間近に向かい合うことになる。
 
8:キリストの問い キリストの問い

千緒さんの死を受け入れる覚悟が定まっていることを示す歌。
神との対話になっていて、テキストは千緒さんの独白の様に進むが、神の声をバリトンに担当させることでヴィジュアライズを図ってみた。

 
9:生みたての卵 生みたての卵

それぞれの心の内にある毒のようなものを吐き出しているのがこの曲。
各演奏者はそれぞれに別々の時間を刻み、音楽は進行している。
奏者はこの作品中で最も緊迫した時間を過ごす。その緊張が音楽に反映させる。

 
10:後追いがん 後追いがん

夫として、介護者として、様々な葛藤があった爽さん自身もがん患者となる。
戦友という言葉を千緒さんが使うのが印象的だが、二人は苦悩を共有し、
乗り越えていく方向に向かう。
この曲は爽さんの独白から始まる。次の曲は千緒さんの独白から始め、それぞれの死の受容を描く。

 
11:埴生の宿 埴生の宿
「埴生の宿」も千緒さんの好きな歌の一つ。
前曲もそうだが、この歌が二人を慰め、勇気づけ、死を受け入れ、乗り越える力を与える。
 
12:五月の虚空へ 五月の虚空へ

最終曲。千緒さんの旅立ちのシーン。

テキストは病室での別々の時間の情景が記録される(息子との対話。
夫との対話。医師との会話etc.)が、音楽はこれまでのコラージュ(引用)を含みながらほぼ連続してそれらを流していく。
そして旅立ちの後。二人の物語である「オリーブ幻想」が回想される。